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銅像ではなく石像ですが

Photo_80 学校と言えば二宮金次郎の像です。この写真は玉川小学校の金次郎です。

実は以前放送された、NHKテレビ「その時歴史が動いた」をみていて、二宮金次郎は「勤倹勤勉」だけではなく「リスクマネジメント」や今で言う「NPO活動」をしていたのだと再認識しました。

幕末に起きた天保の大飢饉の時、全国の村々の救済に活躍したのが二宮金次郎だったのです。独創的な手法で、規則に縛られる役人達たちに対峙しながら、瀕死の困窮の民衆の支援に奮闘。小田原領民4万人を1人の餓死者もなく救うことに成功したということですから、まさにNPOの鏡です。

二宮金次郎の銅像のルーツは、幸田露伴が少年向けの伝記を書いたとき、口絵に薪を背負って読書する姿を描いたことから普及したのだそうです。銅像が全国に設置されたのは昭和初期から15年で、金次郎の勤勉のイメージが当時の国策に利用されたのです。戦争の激化で、銅像は金属類回収の一環として供出されてしまったので、現在残っているものは石像が多いようです。戦後は全国に一斉復活することはなかったようですが、取り壊されることもなく残っているというのが現状です。

新しいイメージの人物像として子ども達に紹介すればいいのでしょうが、戦争に利用されたり、「夜中に金次郎が運動場を走る」「薪の数が増える」など怪談話にされたりするのでは、金次郎も浮かばれないことだと思います。

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見たことありそうな天使の銅像

Photo_79 天使の銅像です。どこにあるのかって?見たことあるけど、思い出せない・・・そんな銅像です。

これは空に近いところにあります。そうです、屋根の上。

ある時期に建てられた公立学校の、体育館の正面のひさしの上を覗いてみて下さい。きっと、いくつか見つかるはずです。これは笠縫小学校で撮りましたが、もっと他にもあると思います。

さて、学校の銅像で複数の学校にあるものは何でしょう。いえいえ、銅像ではなく石像ですね。学校の石像で複数の学校にいる人は誰でしょう。と言う方がわかりよいかも。

答えは次回・・・・回答をお待ちしています。

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思いを込めたモニュメント

Photo_78 金城実作 「愛こそが平和をかなえる」 2005年

昨年の戦後六十年に、非戦を誓うモニュメントとして建てられたものです。地上戦で多くの犠牲者を出した沖縄の視点から、戦争の悲惨さと平和の尊さを伝える作品です。下には、メモリアルカプセルが埋められています。思いを入れられた市民の方も多いはずです。今日は終戦記念日です。靖国問題、憲法改正・・・と、まだ戦争は現代にも影を落としています。

さて話は変わって、この場所はどこ?・・・というのが前回の質問でした。答えはロクハ公園です。ところで、この「ロクハ」という地名ですが、不思議におもいませんか?カタカナの地名は珍しいですね。

北海道の「二セコ」という地名は、アイヌ語の「二セコイアン・ヌプリ(断崖に向かってある山)」からというのが由来となっています。つまりアイヌ語です。また、高島市の「マキノ」は、大正年間に先端的な外来スポーツをPRするために、カタカナ表記で「マキノスキー場」にしたのがその起こりだそうです。その後、昭和30年の町村合併の時、町名を住民から公募したところ、「マキノ町」が採用されました。そのころでは、日本唯一のカタカナの地名だったそうです。

ではロクハは?

個人的な意見ですが、これは地名ではなく、昭和60年にこの公園ができたとき、池が周囲の山々の緑を映して美しいので、「緑の波が立つところ」だから「緑波公園」→「ロクハ公園」と名付けた、のだと思うのですがいかがでしょう。

草津市の地名については、「コミュニティくさつ」2005年夏号で特集しています。http://www.kusatsu.or.jp/community/2005natsu.htm

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草津の空にはどんな歌が

Photo_76 Photo_77金城実作 「トゥバラーマ」 1995

戦後50年にたてられた銅像で、市役所道路側の緑地帯にあります。詳細は右の画像をクリックしてお読み下さい。

トゥバラーマというのは、八重山地方を代表する民謡だそうです 一説では、トゥバラーマは訪(とぶら)うということばから来ており、野良で働きながら自分の思いを歌にして送ると、彼方から見えない相手が歌を返してくるという、ロマンチックな掛合い歌だったといわれています。八重山の人にとってトゥバラーマは自分の気持ちを乗せる船のようなもの。ひとつのメロディーに、たくさんの歌詞があり、歌い手によってさまざまなトゥバラーマがあるそうです。  (「オキナワなんでも事典」より )

もうすぐ終戦記念日です。さて、戦後61年目の今日、草津の空にはどんな歌が返ってきているのでしょう。

では次に、問題です。戦後60年の昨年にたてられた草津市の銅像は、どこにあるでしょう。答えは次回に・・・。

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学校は銅像の宝庫です

Photo_75 これは、笠縫東小学校の銅像ですが、そういえば学校は銅像の宝庫です。学校の銅像はいつ誰が建てたか外部によくわからないものがあります。地域の歴史だからです。おおよそ、次の3つの分類でいいのかと思います。

1,建てられた時や○○周年の時にその予算で作られるもの

2,地域や学校に縁がある方が寄付されたもの(または頼んで作って頂いたもの)

3,卒業記念に作られたもの(卒業記念品として、子どもが制作したものとは別に・・・)

この銅像は、創設の時にできたのか、10周年の時にできたのかはわかりません。(20周年には既にたっていました。) 地元の方情報をお寄せ下さい。

ちなみに、学校の銅像を写真に納めるには勇気がいります。最近は、学校の門が堅く閉ざされていますし、学校にカメラをもってはいると、あらぬ誤解が生まれます。学校も公の建物なので、一応オープンにはなっているのでしょうが、一声かけてというのがいいと思いますが。

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